2015年04月24日

アディオス、メヒコ!

2009年2月@ケレタロ-メキシコ by スミ

2月に入るとパピの転職のこともみんなに知らせて、いよいよまたヨーロッパへの引越しの準備が始まります。大きな家具と電化製品は処分するので、ナンシーのときみたいにパピは売りたいものを載せたホームページを作りました。小さい物も入れて全部で100個以上あったんですが、お仕事の仲間にメールで知らせたら、10分も経たないうちに予約のメールが届き始めて、あっという間に30個以上買い手がついたんだって。

マミの愛用のiBook G4が突然壊れたのもこの頃でした。そのときマミがミクシィに書いた日記には、バックアップしたいものはほとんど外づけハードディスクに保存してあったなんて書いてありますが、保存してあったのは、その頃マミが配信していたポッドキャストの音声ファイルで、写真のことはまったく頭になかったみたいです。

3月の半ば近くになって、やっとマドリッドに行く飛行機の便が決まりました。3月26日木曜日の午後7時5分発のアエロメヒコです。

引越しはパピが4月から働く会社が全部手配して、3月23日に業者の人が3人お家にやってきました。マミは自分で荷造りしたかったんだけど、引越しの契約の関係でその人たちがしなければなりません。荷物の量に制限があったので、マミは様子を見ながら、何を入れて何をやめるか決めたかったんだけど、結局思うようにはいかずに、どちらかといえば捨ててもいいようなものが荷物に入ってしまって、できれば持って行きたかったものを諦めることになっちゃったそうです。

こうしてワタシとダイちゃんは生まれ育ったメキシコに別れを告げます。このときワタシは8才、ダイちゃんは7才でした。

今日の写真はアラモスのお家のお庭に咲いていたお花です。バラはモモの木があったお家の後ろ側のお庭に、ブーゲンビリアは前側の小さいお庭に咲いてました。

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2015年04月20日

モモの木ハウス

2008年4月@ケレタロ-メキシコ by スミ

その頃ケレタロの外の気温は34度ぐらいありました。空気が乾いてるから日本の34度みたいに暑くはないんだけど、それでもやっぱり暑いです。そんな中、マミたちは新しいお家や車を探してあるいてました。ロドルフォさんは、息子さんが帰ってくるまでそのお家に住んでていいと言ってくれたのですが、正直なことを言うと、そのお家があったところはあんまりいい地域ではなかったんです。

14軒見た中で、カレサに住んでた頃よくお散歩に来てたアラモス地区にあるお家がまあまあ気に入ったので、マミたちはそこにすることにしました。不動産屋さんと契約前の最終確認をしたときのこと、道路に面しているマミたちのベッドルームになるお部屋の窓から外を見ると、門のすぐ外に大きな木が植わっているのが見えました。その木をよじ登れば、門の脇の塀に届いて、そこからベッドルームの窓までたどり着けちゃいます。

「なんだかここ不用心な感じがするよね。私みたいに身軽な人ならここまで来れちゃうよ…。」なんて言いながらマミが窓を開けると、窓枠が歪んでいて、そこには大きなドライバーでこじ開けた跡がくっきりついていた上に、となりの家側の壁を見ると、黒い足跡が残っていました。

どうやらこの家には泥棒が入ったことがあるみたいです。それも、マミが思ったルートじゃなくて、作りかけで放ったらかされてる隣りの家の屋根からロープでも使って下りてきたようです。

マミたちが長い旅行に行っちゃうとワタシたちはペンションに行くので、いつも車があってワタシたちがいないと留守なのはすぐにバレちゃうから、このままだと泥棒に入ってくれと言ってるようなものなので、マミたちは不動産屋さんを通して大家さんにお隣りとの境目に電気が流れる柵を取り付けることと、外から入れそうな窓には鉄の柵をつけることと、アラームを付けることをお願いしました。

結局、窓に枠を付ける代わりに、今までは外から中が見えていた門に鉄の板を付けて中が見えないようにすることになって、契約が成立して、いよいよ新しいお家に移ることになりました。家具や荷物はヨーロッパに行く前に預けた倉庫から引越屋さんに運んでもらうんですが、段ボールが100個以上あったので、マミは始める前からウンザリしてたんだって。

この新しいお家、ヨーロッパに行く前にフリキージャで住んでたお家に比べるとお庭がすごく小さかったんですが、モモの木があって、たくさんモモがなってました。パピにとってはそれもこのお家に決めた理由の1つだったみたいです。

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2015年04月19日

お迎えが来てない!

2008年4月@メキシコシティー-メキシコ by ダイチ

バルセロナから乗った飛行機は、風向きが悪かったのか、予定より1時間半も長くかかってメキシコシティーに到着しました。お水も飲めない14時間、よく耐えられたものです。マミは行きと同じで、ボクたちが今ごろグッタリしてるんじゃないかと心配で心配でちっとも眠れなかったそうです。

メキシコシティーの空港ではしっかりボクたちのチェックがありました。でも、ちゃんと全部揃っていたのでそんなに時間もかからずに完了。シティーの空港には荷物を運ぶのを手伝ってくれる係の人たちがいっぱいいるのですんなり外に出られたのですが、ケレタロから車で迎えに来てくれることになっていたパピの仕事仲間のジルさんとエドゥさんがいません。

このときは、4か月前にオープンしたばかりの第2ターミナルに着いたのですが、二人はちゃんとチェックせずに前からある第1ターミナルで待っていたのでした。おまけにパピがいくらジルさんの携帯に電話してもつながらなかったので、ケレタロにいるほかの仕事仲間の人のところに電話して、その人からジルさんに連絡してもらったりして、本人とやっと連絡がつくまでに30分以上かかったのでした。

それからしばらくして二人は第2ターミナルにやって来たのですが、なぜか車で来てません。パピがよくよく話を聞いてみると、1か月前から大学の車を予約していたのに、渡された車がその日にはシティーを走れない車だったんです。

ちょっと説明すると、メキシコシティーでは大気汚染を少しでも抑えるために、車のナンバーの最後の数字によって決められている曜日はその車を使えないという制度があります。でも、シティーのナンバープレートだと、新し目の車なら、検査を通ればその対象から外れるし、その制度にひっかからないように何台も車を持ってる人が多いので、止められるのはほとんどがシティーの外から来た車なんです。

二人もそのことにまったく気づかずにメキシコ州からシティーに入ったところで警察の人に止められて、罰金を払わされた上に、そのままシティーを走ることもできなかったので、近くのスーパーの駐車場に車はおいて、タクシーで来たのでした。

幸いメキシコにはものすごく大きいタクシーもあるので、4つの大きなスーツケースとボクたちの大きなバリケン2つと人間4人にスミちゃんもボクも無事に1台に乗れて、なんとかスーパーまでたどり着いたんだけど、そうじゃなくても飛行機で疲れてたのにさらにドッと疲れてしまいました。

でも、1年前にバルセロナに向けて旅立つときも、このジルさんとエドゥさんにはたくさんお世話になったので、いくら感謝してもしきれないぐらいで、文句なんて言えるわけがありません。

そんなこんなでシティーの空港に着いてから4時間ぐらい過ぎた頃、ボクたちは、やっぱりパピの仕事仲間のロドルフォさんが持っている家にたどり着きます。ロドルフォさんはメキシコシティーに住んでいて、そのケレタロの家はロドルフォさんの息子さんが住んでたんだけど、そのときは1年のオーストラリア留学中で誰もいなかったので、ボクたちは家族だけでゆっくり過ごすことができました。

今日も関係する写真はないので、セマナサンタのころによく売り出される飾り物(?)を売ってる屋台とその屋台が出ていたサンタクルス教会の前の広場の写真をアップします。写真を撮ったのは2002年でちょっと古いんだけど。

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